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Selfishly

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『 駄目な男 』


『 駄目な男 』


H18,8/7 23:50



今日は 運の良い日だった。
予定した事がお流れになって、腐っていた所に
恋人の帰還が伝わった。

いつものように報告を携えてきた彼を夕食に誘うと
間をおかずに、良い返事が貰え
ロイは 予定していたレストランをキャンセルする事もなくなり、
美味しい食事を、滅多に逢えない恋人と楽しい一時と共に堪能できた。

そして、
その後に過ごせるだろう久しぶりの逢瀬を思うと
自然と頬が緩んできてしまう。
そのせいか、今日のロイは饒舌で 少々浮かれていた。
・・・エドワードが いつもより言葉少なな事も気づかない程度には。

噂にたがわず、舌が肥えているロイを満足させるだけの食事の後は
満足感を抱えたまま、自宅へ場所を移していた。
ロイにしてみれば、すぐさまにでも ベットに直行したい気分だったが
しばらくは居てくれるだろう恋人の事を思うと
少しは余裕を繕うべきかと、リビングで食後の寛ぎの時間を
逢えない月日を埋めてみようかと愁傷な気持ちでいた。

「はぁ?
 何て言ったんだい?」

エドワードが言った言葉が聞き取れなかったと言うよりも
言われた言葉を理解したくない気持ちで、
再度、聞き返した。

「だから、俺らは明日にはここを経つったんだ。

 正確に言うと、早朝の列車に乗って。」

淡々と言葉を告げるエドワードの顔には、何の表情も浮かんでいない。
ありのまま、今後の自分達の行動の報告をしている時と変らない。

「なっ!
 何故、そんなに急ぐんだね?

 何か 有力な情報でも入ったのかね?」

少々、焦り気味に問いかけてみる。
いつもなら、普段逢えない事もあって
エドワードは、急ぐ旅の日々をやりくりして
最低3日、長くて1週間位は ロイの元に居てくれる。
そんな彼が、トンボ帰りのように旅に出るというのは
何か掴んだ以外には考えられない。

『なら、こんな所で ゆっくりお茶を楽しんでいる場合じゃない』

時間を惜しむ気持ちがいきなり押し寄せてきて、
ロイは思わず 移動の為に 腰を浮かせそうになる。

「いや、情報はない。」

エドワードは、先ほどと同様に淡々と告げる。
エドワードの返答に、ロイは思わず心の中で
ホッとため息を付く。

「なら、急ぐ必要はないじゃないか。
 ここで、新しい情報が入るのを待つんでも構わないだろう。」

安堵と共に、微笑みを浮かべながら そうエドワードに言ってやる。
そして、彼がここに居る間に取り寄せてやるべき情報の段取りを考えながら
浮かした腰を、深く落ち着けた。

が、

「いや、明日経つ。
 んで、今日 こっちに戻ってきたのは
 あんたに謝りたかったからだ。」

エドワードの言葉に、ロイは 不思議そうに彼の顔を見る。

「謝る? 私に? 君が?」

疑問符が付いている聞き方を何度もしたのは、
ロイのせいではないだろう。
ロイには エドワードが、何を自分に謝りたいのか
さっぱりと解らなかった。

「そう。 俺が アンタに。」

そう言うと、エドワードは 辛そうに表情を歪ませてロイを見る。

「エ、エドワード・・・。」

ロイは、エドワードの 普段見れない表情を見て
思わず慌ててしまう。

彼は 表情は良く変る方だが、痛みには強く
なかなか、自分が弱っている姿は見せない。
そんな彼だからこそ、痛みに耐えかねているような今の表情は
普通の場面では見られないものなのだ。
普段と違う状況の時には、しばしばお目にかかりはするが・・・。


しばらくの沈黙の間に、ロイは居心地の悪さに耐え切れずに
言葉をかけようとした。
が、それよりも先に エドワードが口を開いた。

「大佐。
 俺は 自分が思い上がっていた事を知ったんだ。」

唐突に語りだしたエドワードを、ロイは戸惑いのまま見つめる。

「俺は アンタの事が好きだった。
 多分、アンタが俺を好きだって言ってくれるよりも
 ずっと前から。」

口を紡ぐと、エドワードは 優しそうな瞳でロイを見る。

瞬間、ロイの背中には悪寒が走った。
ロイが エドワードの優しそうな瞳の中に見たものは、
『過去を懐かしむ者の瞳』の色に良く似ている。
こんな瞳をしながら、話を語る人々を大勢見てきた。

『そんな瞳を、何故 エドワードが?
 自分への想いを、何故 そんな瞳で語るんだ?』

ロイは、家に戻るまでの高揚感など 今は跡形もなく消え去り
ジワジワと侵蝕してくる不快感に、心が締め付けられてくるのを
まるで他人事のように、遠くで感じていた。


この少年と恋人同士の関係になってから、
そう短くない期間が過ぎている。
最初は、余りに幼い相手だった事も有り
おままごとのような恋愛をしもした。

一緒に夕食を食べ、帰り道では こっそりと手を繋いで見たり、
触れるだけの小さなキスでも、相手を驚かせないように
怖がらせないように、優しく慎重に扱ってきた。
そして、互いに肉体関係を持てるようになったここ最近でも
殊更 ゆっくりと時間をかけて進んできたつもりだ。
少なくとも、その関係を エドワードが嫌がっていたような素振りはなかった。
どちらかと言うと、まだ早いと思っていたロイよりも
エドワードの方が積極的だったと思う。


なのに何故? 

そんな考えが ロイの表情にありありと浮かんでいたのだろう。
エドワードは、少し哀しそうな表情を浮かべると
優しくロイの両頬を手の平で挟み込んでくる。

「あんたは、哀しい人間だ。
 俺は、そんなアンタを受け止めて、温めてやりたかった。

 誰にも本気にならないアンタに、本当に好きな人間を持って欲しかった。

 でも、アンタ   違ってたんだよな。
 アンタは誰も好きにならないんじゃなくて、
 『好き』になる事がわからないんだよな?」

ロイは エドワードの言葉に、憤慨の言葉を上げようとした。
睨み上げてくるロイの瞳に、エドワードは 仕方無さそうに笑みを作っては
額に口付けを落とす。

「そんな事はないって?
 ちゃんと、自分は 俺も、過去の女性達も
 ちゃんと好きで付き合ってきたって 言いたいんだろ?」

そう言うと、触れるだけの口付けを 今度は右の目蓋に落とす。

「そう、それがアンタの困ったクセなんだよな。
 付き合っている時は、相手を好きだと思い込んでる。」

そして、次は 左の目蓋に・・・。

「ロイ。
 人を好きになるって、そんなに衣服を変える様には
 簡単に変らないもんだよ。

 アンタは、気にいった服を着るように人を好きになる。
 けど、飽きたらそれまでだ。

 その服は、2度と見向きもされない。
 ってか、アンタ その服の事なんて 思い出しもしないだろ?

 アンタは それが恋愛だと言うかも知れない。
 仕方ないことなんだと。

 でも、皆 服じゃない。
 ちゃんと、心があるんだよ。
 あんたが、仕方ないと切り捨てたようには
 皆、自分の心を切り替えてはいけないんだ。

 だから、皆 アンタから去って行く。

 捨てられる時の辛さと惨めさに怯えて。」

エドワードは、幼子にするように ロイの頬を撫で
そこにも憐薇の籠もった口付けを施す。

「俺は、そんな怯えには負けないつもりだった。
 あんたが気づくまで、見守ってやるつもりだった。

 いずれアンタが、本当に好きな人を見つけ
 それが俺でなくとも。」

そして、もう片頬にも。

「だから、ごめんな。
 最後まで付き合ってやれなくて。
 
 あんた、俺だと駄目になる。
 俺では、アンタを ますます駄目にしちまう。

 だから、見つけて。
 早く、自分を覚ましてくれる人を。」

そう言葉を終わると、エドワードは最後に
愛おしそうに ロイの唇に触れるようなキスをして、
身体を離す。


ロイは 呆然とエドワードを見上げた。
座っている自分からは、いくらエドワードが小さい方に入るとは言え
立ち上がっている彼を見るには、見上げるしかない。

けど、そんな物理的な事だけでなく
今のエドワードは、ロイには大きく見える。
そして、遠くに。

じゃあと言葉少なに挨拶をして、彼は 荷物を持って扉に向かう。
ロイは、呆然としていた時を過ぎると
猛然と腹がたってくるのを感じて立ち上がる。

「エドワード、待て!!」

「何?」
進めていた足を止めて、クルリと振り返ったエドワードの表情は
落ち着いている。

そんな彼の様子にも、ロイは苛立ちを募らせる。

『一体何だって言うんだ!
 人を欠陥人間のように。
 私が どれだけ 彼の事を気にかけているか
 知りもしないくせに。』

「君は 一体、何様のつもりだんだ!
 勝手に私の分析をして、そして『別れる』だと!?

 君の方こそ、人の気持ちが解ってないんじゃないのか!」

ロイの剣幕にも、エドワードは怯む様子を見せない。

「アンタにだけは言われたくない言葉だな。」

自嘲気味に唇を歪めて、ロイに返す。

「どういう事だ!」

エドワードの言葉に、さらに火に油を注がれて
ロイが怒鳴り声を上げる。

「アンタ、本当に気づいて無いんだな・・・。
 それとも、自分には疚しい事がないから良いって思ってる?」

「?」
ロイの思い辺りがないと言う表情に
今まで淡々と受け答えをしていたエドワードが
始めて、泣きそうな表情を浮かべる。
そして、それは 人の為ではなく、自分の為に浮かべている。

「今日のレストランの予約って誰と入れてたんだ?」

「っ!!」

「何? 情報を集めれるのは自分だけだとか思ってた?
 それとも、俺が子供だから気づかないと?」

ロイは 内心拙いと思いながら、弁解の言葉を探す。

「エド、エドワード 誤解だ・・・。
 その・・今日の相手は、以前の捜査で手助けしてもらった人で
 そのお礼・・お礼を兼ねての事なんだ。」

「うん、知ってる。」

簡単明瞭に返ってきた言葉に、ロイは 僅かな安堵を付く。

「なら・・・。」

『そう怒らなくても』と言う言葉は続かなかった。

「捜査に協力してくれた当主の奥さんだよな。
 実際、捜査に協力したのは おっさんの方で
 たまたま 訪問した時に婦人とは顔を合わせる事になった。

 アンタから誘ったとは思わないよ。
 多分、そん時に色目使われたかで、
 アンタはいつもどうり接したに過ぎないんだろ。」

ロイは、グウの音も出なかった。
今語られたように、捜査のお礼に訪問した時に
婦人には会って、ロイはいつもどうりに振舞っただけだ。

「それだけ解ってくれていれば、問題ないだろう?
 私には落ち度はなかった。
 が、捜査に協力してもらった手前 そう邪険にも扱えなかっただけで。」

宥めるようにエドワードに語る男の前に
エドワードは 手の平を翳し、指を3本立てる。

ロイは 出された指の意味が解らず、
マジマジと見返す。
そして・・・、まさか・・・と小さく呟く。

「そう、アンタが気づいたとうりだ。
 あんたは、その女性と3回あってる。

 1度目は 確かに食事だけだったと思うけど、
 その後の2回は、食事の後に どこに行った?」

ロイは、青くなる表面を取り繕う事もできない程動揺した。
確かに、少々 美味しい思いをさせてもらった。
あちらも、自分の地位を脅かすほどのめり込むタイプでもなく
夫君共々、かなりさばけた人間だったのも
ロイの遊び心に拍車がかかったのも1つだ。

「エド・・・ワード・・・。
 その、それは 本の出来心で、別に本気だとかでは・・・。」

ロイは、しどろもどろの弁解を試みてみる。
が、ロイも良く知っている彼は、本当に聡明だ。
本気になれば、大抵の事をこなせる人間で
ロイは、彼の年齢に少々油断をしすぎていたのだ。

「1月前、正確には 35日前の夕刻、ハイアット。
 その女性とは 2回で、飲みに行った先で知り合った。

 1月半前、こちらは 馴染だな。
 もう、大分と昔から定期的に続いてる女性だ。

 3ヶ月前、リージェンシー 部屋番号は 1015。
 アンタにしては珍しくスイートじゃなかったんだな。
 まぁ、あんまおおぴらに出来る相手でもないからか。

 半年前から 3ヶ月の間は、計 5名の12回。
 内訳を言うと・・・。」

「もういい!
 わかったから!」

ロイは わなわなと震えながら、立ち尽くしている。

「君は・・・調べさせたんだな・・・。」

忌々しそうに語られる言葉には、エドワードへの批判が混じっている。

「まさか!
 あんたじゃあるまいし。
 俺の後を付けさせるような姑息な事はしてないさ。」

エドワードの言葉に、また ロイは息を止める。
事実、ロイは エドワードを付けさせていた。

「ただ、俺は 頼んだだけだ。
 戻った時の話のネタに、あんたの事を聞かせて欲しい・・とね。」

ガックリと肩を落としながら、ロイは 弱弱しく謝罪をする。

「済まない・・・。
 君の不在に耐えれない時もあって・・・。」

「うん、それもわかる。
 俺は ほとんどアンタの傍には居てやれない。

 それに、アンタも男だ。
 その意味でも、俺らが今の関係を繋げれる前は
 仕方ない事もわかる。
 俺は、子供過ぎて アンタの要求に答えれるだけの
 状態が まだなかったしな。」

「エドワード・・・。」

理解を示す相手の態度に、ロイは 悄然とエドワードを見る。

「ロイ・・・。
 間違えないでくれ。
 俺は 怒ってるんじゃないんだよ。」

そう言うと、エドワードは 優しく、恐ろしく透明な笑みを浮かべる。

「エドワード?」

ロイには、その優しそうな微笑が 恐ろしくなった。
小さな子供だと思っていた彼が、
自分よりはるかに老成した人物のように見える。

「俺は、アンタに知って欲しかった。
 本当に 一人の人を好きになるって事。
 
 自分の行動の一喜一憂で、喜ぶ事、悲しむことを。

 アンタに 待たせる辛さを味あわせているのは
 本当に悪いと思っている。
 俺の母さんが そうだったから・・・。

 俺は、自分が嫌いな親父と同じ事をしているんだと思うと
 反吐が出る程嫌だった。

 だから、アンタが 他の女性との関係を切れなくても
 文句も言えねえ。」

立ち尽くす小さな身体は、小さく小刻みに震えている。
まるで、彼の体の中に 仕舞い込んだ想いが溢れだそうと
しているように・・・。

「でも、それじゃー駄目だろ?
 俺が、罪悪感で納得しちまうようじゃ
 アンタに 本当に人を好きになれるようにしてやれない。

 俺らは付き合ってたんだから、
 きちんと、アンタの横っ面を張ってでも叱らなきゃ。

 『何 やってんだ! 
  俺の気持ちを考えれねえのか!』って。

 出来ないなら別れるぞ!って脅してやる位で
 アンタと真剣に向かい合わないと駄目じゃん。」

小さな肩を落としながら、エドワードは項垂れている。
まるで、悪いのは自分だというように。

「アンタ、いつか部下に話してたよな。

 『本気で好きな人と別れる事になったら どうする?』って
 聞かれてさ。

 その時、あんたは 言ったんだ。
 
 『仕方ないだろう。
  まぁ、辛いだろうが それも時が解決するさ。』てさ。

 ちょうど、俺がアンタを迎えに行く途中で
 その話をきいちまったんだ。

 その時に思ったんだ。
 俺には無理だって。

 アンタは 自分の中で完結している。
 決まった未来は無いはずなのに、アンタは 自分の思った道に
 進んでいく。

 恋愛は 二人で作るもんだ。
 それが、見えない未来を作っていく事になるんだけど、
 アンタには それがない。
 最終の地点までの時間が 長いか、短いかなんだな。

 俺は アンタと恋愛をしてると思ってたし、
 作って行こうと思ってた。

 でも、アンタの中では 既に決まった道行なんだ。
 なら、俺らの先も アンタが画いたとうり進んで行くしかない。

 本当は、アンタも それがわかってたんだろ?

 だから、少しでも それを先延ばしする為に
 ようようの女性とも間に付き合っていく。

 そうすれば、互いに飽きるのも、最終章に向かうのも
 遅くなるって思ってたんじゃないか?」

エドワードは、駄目な子供を叱る母親のように
自愛を含ませたように語っていく。

ロイは、先ほどと比較にならない位の衝撃を受けていた。
何故、この子供は これ程に聡明なのだと。
自分でも はっきりと自覚していない事も
今 こうして語られていく事で、見えてくる。

エドワードの事は 気にいっている。
他の女性とは比較にはならない位。
出来れば、長く付き合えれば嬉しいだろうと思う位には。
他の女性と付き合うことで、エドワードの良さは際立っていく。
回転の速い頭、意外に思われるが 包容力のある性格。
機敏に人の事を読んでは、接しられる対応。
強い信念に、怯まない意思。
自分を過大に評価をしないが、低すぎる事もない。
クルクル自然に変る表情も、はっきりした物言いも
閨で見せる妖艶な有様も、ロイには 酷く好ましく写る。

『これを愛しているとは言わないのだろうか?』
長く付き合って行きたいと思っている事の何がいけないと言うのだろう?
エドワードは、一体 何を自分に望んでいると言うのか?

困惑しているだろうロイに、エドワードは軽く首を振ってやる。

「いいんだよ。
 アンタが そんなに悩まなくても。

 アンタが悪いんじゃない。
 アンタは もともとそういう性質だったんだ。

 ただ・・・、ただ それは俺には耐えられなかっただけなんだ。」

別れる事を前提で、今の時を楽しんで行く。

エドワードには、そんな高等な恋愛は出来ない。

「ゴメンな。
 俺は いつかを考えて耐えれなくなっちまった。
 
 そんなアンタに、俺が ぶつかって行くには
  アンタの事を好きになりすぎちまった。」

ぶつかって別れる事になった時に、耐えられない位に・・・。
最後の言葉は、エドワードの中だけで呟かれた。


いつかこの男にも、永遠を望む位の人が現れて欲しいと願う。
その時に始めて、自分や 離れて行った女性達の事が
わかるようになるだろう。

駄目な男だと思う。
大人なのに、子供のように我侭で 人を省みない。
子供が 目の前の物に惹かれるように
色々なものに惹かれていく。
自分の行動が相手に与える衝撃にも気づけない。
なにせ、自分が受けないのだから 仕方も無い。

ロイの表面だけを飾っていった女性達を
ロイは 本当に好きだっただろう。
一時の楽しい思い出として。
そして過ぎ去っていけば、この男の心の片隅にも
残る事もない程度ではあるが。


「さようなら。」
エドワードは、静かに言葉を終わらせ
扉の外に、家の外に出て行った。
ロイとは 違う世界に戻るために。


一人ぼっちになったロイは、ただただ
エドワードが出て行った扉をじっと見つめ続けていた。



その後の二人の関係は、上司と部下として
後見人と 国家錬金術師として、
エドワードが 悲願をかなえるまで
何事もなく過ぎ去っていった。

エドワードとロイが別れてから数年後、
エドワードは 自らの悲願を達して軍を抜けるまで。

ロイの野望は、エドワードより 少々時間がかかったが
その後のロイの目を見張るような行動で王手をかけた。

そして、互いのあった関係さえ昔の思い出になる年月が過ぎた。


温かな日差しが身体を優しく包んでくれる。
通り過ぎていく風は、どこかに咲いているだろう花々達の
香りを運んできては、歩く足を軽くしてくれる。

復興の進んだリゼンブールでは、
都会の作りと、自然とが見事に融和して
住んでいる人々の心を穏やかに満たしてくれる。

公共の建物も充実している中にも、
所々に 人が束の間に休めれる場所が点在しており
この街が、いかに住む人間を思って造られたを現しているようだ。
現在この街には 在住希望者が殺到しているとの事だが
それも頷ける。
治安も、自治体が結束しており 福利厚生も他の地区にないほど
充実している。
リゼンブールは、今では 国内外を問わず評価の高い自治都市なのだ。
外交手腕の上手い自治長が、各国から色々な技術を取り入れて
国交を盛んに行っており、それを学ぶ為に 多くの人材が派遣され
学びにくる。
教えるだけでなく、実際に活用し この地区しか出来ない産物を多く持ち
街に潤沢な利益を生み出している。

良く似た都市も増えては来たが、やはり最新の情報や
技術から生み出される物は、リゼンブール産のものには遠く及ばない。
在住者制限がある為、なかなか簡単には住めないのだが
来期からは 拡張する為の開発も、すでに始まっているとの事だ。


通りをゆっくりと歩いていると、横を元気に走っていく子供達が通り過ぎて行く。

「おっと。」

避け切れない勢いの子供が、その男にぶつかった反動で尻餅をついた。

「大丈夫かね?」

優しく笑みを浮かべて手を貸して立ち上がらせてくれた男性を
子供は 珍しそうに眺めながら、物怖じしない態度で返事をする。

「ごめんなさい。
 急いでて。」

へへへと笑う表情を見ても、ここの治安がよい事がわかる。

「そうか、そんなに急ぐような楽しみが待ってるのかな?」

子供の言葉に、丁寧に返事を返してやる。

「うん!
 今日は エドワード先生が 俺らに話をしてくれる日なんだ!
 早く行って前の席取らないと、すぐ一杯になっちゃうんだ。」

そう答えると、行き先を思い出したように ソワソワとしだす。

「そうかい。 きっと楽しい話なんだろうね。

 どうかな? おじさんも聞かせてもらうわけにはいかないかな?」

男性のお願いにも、子供は別段不思議そうな顔をしない。
きっと、同様の事が多々あるからだろう。

「うん、別にいいと思うよ。
 他の人も一杯来てるし。

 あっでも、今日は 子供の日だから
 質問していいのは、子供だけだよ。
 後、席に座れるのも!」

どうやら 子供の知識欲を広げる為に行われている催し物のようだ。
大人は たんなるオブザーバーとして参加すると言うわけか。

男性が わかったと言う様に頷くのを見ると
子供は 「あっち」と会場のある方を指差す。
教えるべきを教えたと思ったのか、
じゃあと走り去っていく子供の後姿を笑みと共に見つめながら
ゆっくりと足を運んでいく。

この子供が もう少し年齢が高ければ
今のこの男性が誰だったかに気づいたかも知れない。
この街では珍しく、正装の長い上着を着 目元が隠れるまで
深く帽子を被っている状態では、わかりにくいだろうが。


大き目の講堂には、すでに満員の人が溢れ帰っていた。
先程の子供が言ったように、中央部分に用意された椅子には
3歳位から 15歳位までの子供達が ぎっしりと座っている。
席はないものの、大人たちも周辺を囲む程集まっているのを見ると、
この催し物をいかに楽しみにしているのかがわかる。

「で、シンには 延々と続く長大な壁があるんだ。
 外敵・・・、襲ってくる者を防ぐために張り巡らされているその壁は
 このリゼンブールを 何十も囲める程の長さなんだぞ。」

良く通る透明度の高い声は、昔より やや低くなったとはいえ
成人男子にしては、高めのままだ。

エドワードの話したことに、
「うそだ~!」「本当に~?」とよう様な感想が飛び交う。
大人達も、素直に驚きを互いに隣り合うものと分けている。

「本当だ。
 先生が 嘘言った事あるか?」
 
その言葉に、子供達は 一斉に「ない~!」と返事を返す。

ロイは 被っていた帽子を 少し上に上げ、
話している青年の姿が 良く見えるようにして眺める。

すらりとした、遠目からでも美しい容姿をしているのが見える。
長かった髪は、今は こざっぱりと整えられており
それが、少々 勿体無い気がしたが
今の髪型の方が、彼の容姿を より際立たせてはいる。

身長は、どうやら残念な事に さほど伸びなかったようだ。
機会鎧を外して伸びなかったのだから
遺伝でもあるのだろう。

先ほどから、活発に上がる質問に 飽きずに答えを返してやる姿は
生き生きとしており、彼の人生が満ち足りている事を示している。
2時間に及ぶ催しも、あっという間に過ぎていき
最後にエドワードが 締めくくりの話をしている。

「今日は シン国のお話をしたよな。
 これで皆も ちょっとだけ シン国の事を知ったわけだ。

 で、次回は このシン国で どんな事が行われているのか
 皆で調べてきて、解った事を先生に教えてくれよな。
 先生も調べてくるけど、一杯あるからわからないこともあるんだ。
 だから、皆が知ったことを教えてくれよな。」

そう最後に言うと、子供達は嬉しそうに返事を返す。
何を調べるとか、どこで調べると言う言葉が飛び交う中を
ロイは 人の流れと逆に進んでいく。

エドワードの周りには、スタッフなのだろうか
同じ年の青年達が集まっては談笑をしている。
その姿に、少しだけ チリッとした痛みを胸に感じながら
傍に居た女性に声をかける。

「申し訳ありませんが、エドワード先生 いえ、
 エルリック議長に取次ぎをお願いしたいのですが。」

にこりと微笑むと、頼まれた女性は 頬を薄く染めながら
快く了承する。

女性が エドワードの方に歩み去っていくのを
ロイは、弾む鼓動を抑えながら見守る。

女性が エドワードに声をかけて 話をすると、
頷いて、女性が差し向ける手の方をみる。

良くある事なのだろう、にこやかな笑顔を浮かべながら
エドワードが 歩いてやってくる。
ロイは 足は止めたまま、やってくる彼を見ながら
深く被っていた帽子をぬいで、相手を見つめる。

帽子が退けられた事で、相手の顔が露わになった途端、
エドワードが驚愕の表情を浮かべて立ち止まる。

ロイは、静かに近づいていく。
後数歩の所で立ち止まり、じっと相手を見詰め合う。

「アンタ・・・。」
エドワードが 驚きに掠れた声で、つぶやく。

「久しぶりだね。
 元気そうで、嬉しいよ。」

エドワードは 何か言わねばと口を開けるが、
パクパクと空回りばかりしている。
そして、おもむろに息を吐くと
ロイに向かって、ニッカリと笑い顔を向けて
挨拶を返す。

「お互いな。
 マスタング国家議長殿。」

ロイも エドワード同様に微笑みながら言葉を返す。

「ああ、昨日までな。」

「へっ?」

エドワードが聞き返そうとした時に
周囲の声が聞こえてくる。

この有名人が お供もなく、こんな所に居る事を知られると
少々、やばいのではと思い当たったエドワードは
強引にロイの手から 帽子を奪って被せる。
そして、反転させて背中を押すようにして歩き出す。

「エドワード議長?」
後ろからは、不思議に思って声をかけてくるメンバーが続く。

「ゴメン!
 ちょっと、昔の友人が来たんで 今日のミーティングは延期な。
 変更は また伝えるから。」

大きな声で、急ぎ伝えると エドワードはロイの背を押しながら
足早に講堂を出て行く。

講堂を出た後並んで歩くように、背から手を離したエドワードが

ロイに話しかけてくる。

「アンタ、護衛は?
 どこかで待たせてるのか?」

周囲を窺うようにして聞いてくるエドワードに
ロイは あっさりと「いない」と返事を返す。

「いないって・・・。
 それは 危ないだろう!」

驚くエドワードに、ロイは おかしそうに声を上げて笑う。

「君は 変らないな。
 いつも、人の事ばかり心配して。

 心配しなくても、1市民を狙う輩などいないさ。」

「1市民って・・・、そんな立場じゃないだろう!」

暢気なロイの態度に、憤慨したようにエドワードが声を上げる。

「エドワード、落ち着いて。
 
 議長は昨日までで終わったんだよ。」

「終わった?」

「ああ、後任に引き継いできたんで
 私は もう議長でもなんでもない。」

「後任って・・・。」

確かに、議長職は 数年後との公平な選挙で選ばれる事になっていたはずだ。
が、この国をここまで導いてきた彼は 再選も当然だったし、
何か 大きな落ち度があったとも聞いてない。

「一体、何をやらかしたんだよ?」

心配そうに聞いてくるエドワードに
ロイは苦笑を浮かべながら返す。

「酷いな。
 別に何もやってはいないよ。

 まぁ、そろそろ自分の為に時間をかけても良いかなっと言う気に
 なっただけだ。」

男の意外な言葉に、エドワードは大きな瞳をさらに瞠る。

「自分の為って・・・一体 何をする気だよ。」

あきれたように聞かれた言葉に
さも嬉しそうに返事を返す。

「そうだな、学生をしようかと。」

「学生~!
 何言ってんだよ、いい歳して。

 それに、何を学ぶつもりだよ。」

からかっているのかと睨みつけてくるエドワードに
ロイは、楽しそうに相手をする。

「いや、本気だよ。
 ぜひ、ご教授願いたい先生が居てね。
 それでこうして足を運んだと言う訳だ。」

エドワードは、首を傾げて考えてみる。
確かに ここには色々な専門家はいるが、
果たして ロイが議長職を辞めてまで師事を仰ぎたい人材が
果たしていただろうか?

「誰それ?」
思いつかずに、ロイに聞いてみる。

ロイは、にこりと微笑むと

「エドワード・エルリック先生に。」

と告げた。

「はっ?
 ええ~! 俺?

 何言ってんだよ! ってか、
 あんたに何を教えるってンだよ!」

驚いて足を止めるエドワードに合わせる様に
ロイも足を止めて、エドワードに向き合う。

「答えを。」

ポツリとつぶやかれた言葉にエドワードは眉を寄せて聞き返す。

「答え?」

「そう、君が言った
 『本気で人を好きになる』という答えを。」

ロイの顔からは笑みは消えていた。
変りに 怖いくらい真剣な表情を浮かべている。

「アンタ・・・。」

「君は言った。
 私は 人を本気で好きになると言う事がわからない性質だと。
 終わりを考えてしか、人を好きになれない人間だと。

 私は 君にそう告げられて去られてから
 ずっと考え続けてきた。
 君が言っている意味は一体どういう意味なんだろう?
 君は 何を私に望んでいたんだろうか?と。」

ロイは そこまで言うと、エドワードに歩みの先を促すように示す。

エドワードも、思い出したように歩みを始める。

「正直、自暴自棄になった時期もあってね。
 私には 心底君の言っている事がわからなかった。
 
 何故、出来るだけ終わりまでを長くしようと思うことが
 好きになると言う事ではないのかと。

 確かに 君と付き合っていた時の私の行動は 
 褒められた事では無い事位はわかっている。
 だが、あれが 私にとっての君との関係の良策だと
 思っていた事も本当なんだ。」

横を歩いているエドワードの顔を
痛い過去を思い出してか、歪む。

「そして、あの後・・・・
 私は 誰とも付き合わなくなった。」

その言葉に、エドワードは 申し訳無さそうに
ロイを見る。
ロイは、それに違うと言う様に 軽く首を振る。

「君と別れたショックでと言うのではない。
 君と続けていけないなら、
 誰とも付き合う必要が無かったからだ。」

ロイは エドワードと長く付き合いたいがために
よう様な女性とのアバンチュールを楽しんでいた。
それは、酷なような事ではあったが
他の女性と付き合う事で、エドワードの良さを再認識する。
傍に居ない彼が、どれ程自分に必要なのかを
思い続けて行く為には、ロイにとっては必要な事のように
思えていたのだ。

「そして、気づいたんだよ。
 別に 女性と付き合わなくても
 君の事を考え続けている自分がいることを。

 君との終わりを、本当は望んでなんかいない自分をね。」

あの頃のロイは、自分自身の気持ちも信じれなかった。
これ程愛している人間を、もし 自分が飽きてしまったら、
自分は この世で誰とも解り合えず、愛する事さえ出来なくなる。
エドワードは、自分にとっては最後の砦だ。
そのエドワードを捨てるような事があったとしたら、
ロイは 自分の事を、決して許せないだろう。
そうなったとき、自分は この世界で一人ぽっちになってしまう。
それはすでに、人ではないだろう。

ロイは淡々と、その想いを語った。
熱くないように聞こえるのは
この男が どれほど この答えを繰り返し考えてきたのかを
語っている気がした。
彼は 考えて、考えて、考え抜いて 1つの答えを見つけた。
それは、数ヶ月で考えた答えではなく
何年にも及ぶ月日が裏付けた答えなのだろう。

すでに歩くことも止めたエドワードは、
ロイの顔を見ながら、頬を伝う涙にも気づかない。

「エドワード、これで間違っていないかい?

 君が 私に与えようとした答えは、これと同じ想いだろうか?」

エドワードは、霞む視界の中で
神妙に答えを待つ男の表情を見つめ続ける。

辛かったのは どちらだったのだろう?
自分かもしれないし、この男だったのかも知れない。
いや、双方とも 辛い思いを抱えていたのだ、あの時は。

エドワードは、はっきりと しっかりと頷いた。

「ああ、間違っていない。」と。

そして、優しく頬を触れてくる男の手が
僅かに震えているのも感じた。

「エドワード、これからの残りの人生を
 一緒に生きていってくれないか?」

躊躇いがちに聞いてくる男の言葉は、
この男らしくもなく、弱弱しく響いてくる。

エドワードは、泣き笑いを浮かべて

「死が別つまで?」と聞くと、

「いや。」と首を振って
真摯な表情で、

「死が別けても、再び 未来永劫一緒に歩んでくれ。」

男の言葉が予想を超える答えだった事に
エドワードは 子供のように破願した笑みを浮かべる。

「良い言葉だな。
 OK! 死んでも離れないぜ。」

エドワードが そう答えると、ロイは嬉しそうに肩に腕を回してくる。

もう少しで、エドワードの家が見えてくる。
今までは 一人だった家だが、
これからは 二人になるのだろう。
どちらかが、先に逝く事になっても 二人が作り上げて行く物は
続いていく。
それを、二人の家に一杯詰め込んで行くのだ。
互いに手を取り合って、これからの人生設計を語る。
まだまだ、若い二人には やりたいことも
知りたい事も一杯だ。

でも、今はただ この温もりを取り戻せたことを実感したい。
同様の思いが二人の足をさらに速まらせる。

扉を開けたら まずは

伝えよう、「待っていたのだ」と。

  伝えよう、「愛している」と。

そして、互いに離れた月日を埋める為に
抱きしめあおう。

そんな想いを抱きながら、扉は静かに閉じられていく。






[ あとがき ]

おや? 出来上がったら なんかちょっと違ってました。
本当は ロイは手癖の悪い、出来の悪い生徒になるはずだったのに
時間は かかったとは言え、きちんと答えを見つけた生徒になってしまいました。

本当は、ロイに呆れたエドワードに捨てられて
縋るロイのお話だったんですが。(笑)

なんだか、書きやすいお話だったんで
思わず続けたくなるな~。
取りあえずは、この後の続きで裏バージョンは1作書いてみようかと。




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